2026年4月3日

第11回 あらためてコラムを書く理由

やる気ペンリーダーが時間外に書くコラム🌱YARUKI OFF(やる気オフ)

このコラムも、気がつけば第10回という一つの節目を通り過ぎました。毎週、僕のささやかな個人的見解に付き合ってくださっている皆様、本当にありがとうございます。

第10回という区切りを終えて、あらためて「なぜ僕はこうして言葉を重ねているのだろう」という根源について考えてみました。

僕は自分自身のことを、新しい「学びのあり方」を探し求めている、一種の探究者だと思っています。

よく言われることですが、人間が何かを判断するとき、実は「直感」という名の羅針盤が先に進むべき方向を決めていて、論理や理性はそのあとから「理由付け」や「抜け漏れがないか」を確認するために追いかけてくるという説があるそうです。つまり、僕たちの心は、理屈よりもずっと先に、結論にたどり着いているわけです。

仕事において、今月の目標といった短期的なゴールを論理的に説明するのは、さほど難しいことではありません。
でも、もっと遠くにある「長期的にありたい姿」について語ろうとすると、途端に言葉はもどかしくなります。まだ世の中に存在しない価値や概念を言葉にしようとすると、それは口から出た瞬間に、既にある「別の手垢のついた何か」にすり替わってしまうような危うさを持っているからです。

だからこそ、僕はこうして探究するプロセスの中で「直感的な言葉」を重ねることにしました。

一度にすべてを説明しきるのではなく、心に浮かんだ断片的な言葉を、毎週少しずつ積み上げていく。そうすることで、そこにある「ぼんやりとした輪郭」のようなものを、遠くから眺めてみたいと思ったのです。

それは大昔の歌人たちが、万葉集や古今和歌集という膨大な「言葉の総体」を通じて、当時の目に見えない風潮の輪郭を描き出そうとした試みに、少しばかり似ているかもしれません。……我ながら少々大げさな比喩ではありますが。

道具を作ること、ワークショップを開くこと、こうしてコラムを書くこと。どんな形であれ、何かを生み出し、それを皆様に差し出して評価をいただく。その繰り返しの中で湧き出てくる「直感的な言葉」を一つ一つ文章にしてみるしか、僕たちの目指す「ありたい姿」は見えてこないのだと、今は確信しています。

次の10回も、そんな風に迷いながら、書き続けていければと思っています。

【今週の気なる言葉】
光るもの全てが金とは限らない。さまよう者全てが道に迷っているわけではない
(J.R.R.トールキン)


やる気ペンリーダーが時間外に書くコラム YARUKI OFF(やる気オフ)

「やる気ペンプロジェクト」を立ち上げてから約10年となりました。リーダーとしてジタバタともがく毎日ですが、時の流れはどんどん加速し、ますます先行きが不透明になってきたように感じます。週に一度その激流から離れ、今見えている風景や心がザラッとした出来事などを書いてみたいと思います。すぐに役に立つことはあまりないかもしれませんが、素直に自分の五感に従って、週一回お届けできたらと思います。

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