2026年2月13日
第4回 文具のチカラ
やる気ペンリーダーが時間外に書くコラム🌱YARUKI OFF(やる気オフ)
僕はかつて、液晶テレビの開発という仕事に携わっていました。「テレビは家電の王様」なんて言われていた大昔の話ではあるのですが…。
実験室の中で、画面の色彩や解像度と向き合う日々を過ごしていました。今振り返ってみると、テレビと文具というのは、驚くほど「真逆」な存在だな、としみじみ感じてしまいます。
テレビという装置は、だいたい1.5メートルほど離れた場所から、どんどんと一方的に情報を流し込んできます。それはある種の「情報の洪水」のようなもので、僕たちが何もしなくても、世界中のエンタメや起こった出来事をリアルタイムに見せてくれます。
でも、文具は違います。
例えば、万年筆であれ、一本の鉛筆であれ、こちらが何かしらの「意志」を持って手に取らない限り、彼らはただそこに静かに横たわっているだけです。誰かに何かを押しつけることもなければ、勝手に喋り出すこともありません。文具業界に身を置いて10年、その沈黙のあり方に、僕はますます興味が深まっています(単に歳をとったからかもしれませんが…)。
そこで最近になって、ひとつ気になっていることがあります。
「意志があるからペンを持つのだろうか?」ということです。
もちろん、普通はそう考えますよね。でも、実際にはその逆の順番で物事が起きることもあるのではないか、と。
つまり、まずは何も考えずに筆記具を手に取ってみる。指先にその重みを感じ、紙にペン先を滑らせてみる。たったそれだけで、眠っていた「意志」のようなものが、ひょっこりと顔を出すことがあるように思うのです。
それは、自転車に乗る感覚にとてもよく似ているようにも感じます。こぎ出す前から「さあ、これから爽快な気分になるぞ」と決意する人はあまりいません。でも、サドルにまたがってペダルを回し始めると、頬を撫でる風の冷たさや、景色が流れるスピードに誘われて、自然と心が晴れてくる。あの、フィジカルな感覚です。
ペンを手に取るというささやかな行為が、止まっていた思考をゆっくりと動かし始める。最近、この「道具が意志を呼び起こす」という感覚、「手にするだけで気持ちにスイッチが入る」という感覚がとても気持ちよく感じるのです。一般的に「書く」ことは、勉強での暗記や整理する方法の一つというイメージが強いように思うのですが、ペンを手にする行為そのものに意味があるよう思ったりしてます。
ゆったりとソファーに腰をおろして1.5メートルの距離から眺める世界も悪くはないですが、手のひらの中にある数センチの道具から始まる世界にもワクワクしますよね。
【今週の気になる言葉】
世界は、君がこうだと説明する通りのもの(出典不明)
やる気ペンリーダーが時間外に書くコラム
YARUKI OFF(やる気オフ)
「やる気ペンプロジェクト」を立ち上げてから約10年となりました。リーダーとしてジタバタともがく毎日ですが、時の流れはどんどん加速し、ますます先行きが不透明になってきたように感じます。週に一度その激流から離れ、今見えている風景や心がザラッとした出来事などを書いてみたいと思います。すぐに役に立つことはあまりないかもしれませんが、素直に自分の五感に従って、週一回お届けできたらと思います。
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